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hedge1-2-3 感想と覚書

舞台hedge1-2-3を観劇。とても素晴らしい舞台だったので感想と覚書。

 ※ネタばれあり

serialnumber.jp

 

【日程】2021年7月8日(木)~19日(月)
【会場】あうるすぽっと

【作・演出】詩森ロバ

【出演者】
『hedge/insider』
 原嘉孝
 岡田達也(演劇集団キャラメルボックス
 浅野雅博(文学座
 加藤虎ノ介
 今奈良孝行
 佐野功
 根津茂尚(あひるなんちゃら)
 酒巻誉洋
 藤尾勘太郎
 池村匡紀(クロムモリブデン

 吉田栄作

『trust』
 原嘉孝
 石村みか(てがみ座)
 熊坂理恵
 笹野鈴々音
 辻村優子
 岡田達也(演劇集団キャラメルボックス
 浅野雅博(文学座
 加藤虎ノ介
 今奈良孝行
 佐野功
 根津茂尚(あひるなんちゃら)
 酒巻誉洋
 藤尾勘太郎
 池村匡紀(クロムモリブデン

 吉田栄作

 

 

 

【あらすじ】

2013年、日本初の本格的経済演劇として、企業再生ファンドであるバイアウトファンドマチュリティーパートナーズの創設とクレーン会社「カイト」の再生を描いた『hedge』を上演。

2016年 マチュリティーパートナーズの創設メンバーでもあるエリート社員が行ったインサイダー取引と、それを巡る証券取引委員会の調査を巡り、息詰まる攻防を描いた続編『insider-hedge2-』を上演。

そして2021年、詩森の代表作である上記2作品を大幅にリライトの上、2幕構成の作品へと凝縮し『hedge/insider』として再構築。

さらにインサイダー取引で失墜した信用を取り戻すべくマチュリティーパートナーズが奔走するなかで資本主義の矛盾を見つめなおす新作『trust-hedge3-」を加え、総合タイトルを『hedge 1-2-3(ヘッジ ワン・トゥー・スリー)』として連続上演します。

経済とは切り離せない社会を生きるわたしたちに、経済の闇と光、両方から経済を物語のかたちにしてお届けする意欲的連続上演です。

(公式HPより引用)

 

 

 内容の濃さと引き込まれる魅力

金融の話ということで少し構えていたけれど、ベースに金融の話がある中で金融のフィルターを通した人間関係の話でテンポ良く展開していて、とても楽しかった。楽しかったというと変だけど、私たちが一番身近な定期預金、普通預金金利の話から導入が始まるのが客席に寄り添っている感じがしたことも、バイアウトという身近ではない題材を企業再生、コスト削減と社会人には馴染みのある視点から切り込んでいくところも「他人事ではない」ところまで表現してくれる脚本が秀逸だった。また場面転換も、魅せるパフォーマンスとして、働く男たちの利発さをタイミングを揃えることで表現しているようで大好きだった。
見どころ、と銘打っていたオープニングの生着替えも、役に入っていく役者の姿、出勤して社会に戦いに出る表現のひとつとしてとてもかっこよかったし、着替え終わって一列にずらっとスーツを着た男たちが並ぶ威圧感も、舞台から発せられた絵として強かった。生で感じるあの空気感と圧ってやっぱりたまらない。

 


hedge/insider/trustそれぞれの感想

「hedge」

hedgeのストーリーの中で貨幣というものの信用性とその仕組みが成り立つ仕組みって不思議なものだよね、という話を吉田栄作さん演じる茂木がするのだけど、バイアウトという仕組みも信用で成り立つものが大きく、だからこそ題材としてバイアウトなんだな、という脚本の巧妙さを感じた。ファンド会社から出向してきた人間を企業側が信用する難しさだったり、お金儲けをする人たちの立場の正当性だったり。
投資した人、投資会社、企業が全勝しないとなりたたないバイアウトファンドという会社の特性上、投資が必要だと思う会社も諦めなければいけない一面もあって、綺麗事ではいかない部分も受け止めつつ、「諦めなければいけなかったことを忘れないように」することが、何より人の気持ちに寄り添って生きていく会社、社会人への希望みたいなものが素晴らしく描かれてとても元気をもらった。

「insider」

そしてその信用が崩れてしまうinsider。
志を高くして集まった人たちが設立した会社の中で起こってしまうインサイダーの事件の虚しさと、お金で解決しない問題、そして証券取引等監視委員会の人たちが言葉だけで人の心理に切り込んでいくプロフェッショナルな姿と、金融の第一線で戦ってきた男たちの頭のキレる切り返しの巧みさ。
巨額のお金を動かしていく金融の世界に身をおく人たちのプレッシャーと、「埋められない虚無感」というものがどうにも切なくて、そして流れていく世界情勢の中で順応していく難しさにも想いを馳せるストーリーだった。

 「trust」

trustはコーヒー豆のフェアトレードを扱う女性たちの話と、バイアウトした会社の再建の話が同時に進んでいくなかで、失ったものの話が軸になっていく。信用だったり人だったり。
信用は一度失うと、そこから取り戻すまでとても時間がかかる。そこをどう表現するのかと楽しみながら観劇したら、また別の切り口で問題点を洗い出してきたことが自分の浅はかさを突かれた感覚で衝撃を受けた。
そもそも「信用」とは何か。hedge/insiderは一貫して人の繋がりと信用をベースに話が進んでいたけれど、信用するまでの経緯や歴史、時代の流れの中で変化していく価値観。「搾取」「投資の常識」「お金で買えないもの」「当たり前を作ること」「社会のアンフェアな仕組み」というところに重きが置かれていくのが本当に痺れた。hedgeとinsiderで描かれていたものを全肯定するのではなくて、hedge/insiderを踏まえたうえでのtrustの表現が本当に大好きだった。
金融の世界は時代を機敏に読まなくてないけなくてだからこそ難しく思うのに、自分の身近に置き換えてみればこんなに簡単なことだ、という表現がとても魅力的で、この世界も捨てたものではないのかもしれないと思わせてくれる脚本が嬉しかった。

 


原嘉孝くんについて

私は原嘉孝くんのオタクなのでどうにも原くんを見てしまうけれど、またさらに彼の芝居が上手くなっているのでは?とびっくりした。台本も販売してくれていて、それを購入して読んだのだけど、どのようにしてあの「谷川悠太郎」が出来るのか、本当に不思議に思う。(もちろん演出や役者同士の関係で創り上げた役なので原くん1人の力だけじゃないのは承知しつつ、人物像や役柄の説得力がすごい)
hedgeでは学生インターンという立場での参加故、出向先の会社の人に歓迎されていないことをちゃんと理解しているけれどそれでも明るく社内のムードを暗くしないように心がけている。それでいてバイアウトファンドの会社の立ち上げに関われることのワクワクさも失っていない純粋さも表現されていて巧みだなぁと。
insiderでは正式に社員として働き始め、やる気が満ち溢れている中で起こる事件に翻弄される姿がhedgeの中で表現された純粋さを知るだけに辛かったなぁ。
そんななかでtrustでの失ったものへの想い、信用回復、上手くいかない仕事、それでも進まなければいけないもどかしさと葛藤。この心情の変化と前向きに仕事をするように努めて明るくする姿が何よりも響いて、見ているこちらの気持ちがぐらぐらかき乱されるお芝居だった。
最後のシーンで、谷川が抱えていた気持ちが茂木さんの言葉と加治さんへの想い、金融への希望と共に溢れ出てきて涙が溢れ、見ているこっちが心を引っ張られてしまった。

改めて素晴らしい演者だなぁ、と思ったしこの表現力を引き出してくれた詩森さん、出演者の皆様に出会えたことが何より嬉しい。

 

観客として感情が動く、役者さんたちの芝居

詩森さんの描かれる脚本は緻密に組み立てられてキャラクター全てに魅力が詰まっている素敵な本だったのと同時に、「形式的ではなく、関係性でお芝居をしてほしい」という演出で、演者への高い能力が求められていてそれに答えることのできる役者さんたちの能力に惚れ惚れした。

ざっくりと男性陣キャストのみ感想。

吉田栄作さん

大手証券会社で何十億ものお金を動かしていた茂木さんを吉田栄作さんが演じる説得力!孤高の存在を表現できるオーラと、それでいて柔軟に視野を広く持てる能力者の役柄がとてもかっこよかった。マネーの虎ネタはギリギリ分かった世代なのでフフッてなったし、歌う吉田栄作さんを見れたことが嬉しかった。


〇浅野雅博さん

有能なのに柔らかくて人の気持ちに敏感な人を巧みに表現されていて、感情的な役ではないのに伝わってくるものが多くてつい目を奪われてしまった。舞台上で波がある時もずっと安定して、ブレなくて本当にかっこいい。浅野さん演じる井戸田さんの”凪”感を感じて、結婚するなら井戸田さんみたいな人がいいなって思った。(雑念)

 

〇佐野巧さん

幕が開いて、真面目な人だという認識が出てきたところで実は人情深い一面を覗かせる片桐さん。そんなギャップ、コロっていってしまうよね、わかる。谷川くんと冗談を言い合いながら心理戦を繰り広げてるかわいらしさも、自分が真面目であることを認識しているからこその仕事の取り組み方も、すべてが伝わってくる演技にニコニコしてみてた。


〇酒巻誉洋さん

唯一都銀からの引き抜きなので仕事が超マメで日本人らしく全ての人の気持ちに寄り添おうと働く国分さん。戸惑いを覚える人たちの気持ちをちゃんと拾ってくれて、多分客席の不安感も拾ってくれるような存在だったな。聞き取り能力に長けているだけじゃなくて、自分の気持ちを話すことで相手に親近感を持たせてくれることも、理想をなるべく実現しようとして行動できるところも本当に有能で、この脚本の中で一番好きな人物だった。

 

〇岡田達也さん

3役、どの役も魅力的だったけれど、私が一番好きだったのはナイスコールの営業企画部市村さんだった。
谷川が無理して明るく呼びかける中で、親友と呼べる人の裏切りを受け止められず感情が溢れ出すシーンが本当に胸熱で。お互いのやるせない気持ちのぶつかり合いが分かるだけに辛くて苦しくて、でもそれは仕事に一生懸命だからでもあって。
個人的には岡田達也さんと初めて共演した2018年から3年後にガッツリと芝居で対峙していたことが本当に嬉しくて感慨深かった。

2018年当時、岡田達也さんが書いてくれた大好きなブログ

ameblo.jp


〇根津茂尚さん

堅物!みたいな印象を持つhedgeだけど、守りたいものがある芯の強さの表現力、そしてinsiderでの皮肉めいた煽り言葉の上手さにゾクゾクしちゃったなぁ。声の抑揚で役柄を表現するだけじゃなくてそこに気持ちが乗っているから対峙する人たちの感情を引き出しているのが技術力の高さを感じました。

 

〇今奈良孝行さん

三役全部がまるっきり別人に見えるって凄いことだなって改めて思った今奈良さん。hedgeは職人っぽい雰囲気を纏いながら倉庫管理の責任者として腰が低くて部下を想う優しさが溢れているのに、insiderの証券取引等監視委員会の威圧感がすごくて、trustは優秀な営業マンとしての空気を纏うカラフルさ。なんでこんなに役に説得力があるんだろうって不思議に思うくらい、魅力的な三役だった。

 

〇池村匡紀さん

真っ直ぐさと純粋さを持ちながら、社会の仕組みの中で諦めない人の一生懸命さがとても力強く光る、希望みたいな人だなぁって、池村さんの芝居を見ていると新入社員時代をちょっと思い出すような気持ちをとりもどさせてくれる気持ちよさがあった。優秀すぎる谷川と世代がほぼ一緒という役がhedgeと trustで表現されていたからこそ2人の違いみたいなもの客観的に見ることができて、興味深かった。
金融の世界に身を置く人たちの優秀さが際立っていたのは池村さん演じる(仕事に一生懸命な)普通の人がいるからだよなって思ったのです。

 

〇藤尾勘太郎さん

hedgeの野々村さん大好きです。一番人間ぽい!製造畑から経営企画に移って、年下の出向者谷川に色々言われて絶対に面白くないという感情をわかりやすく魅せてくれる。そしてその素直になれない部分を持ったまま、谷川との別れのシーンで唯一魅せる笑顔最高だったなぁ。スピンオフで谷川と野々村の飲み会のシーンとかほしいです。あの二人絶対に定期的に会うようになってるハズなんだよな!どうですかね?私の願望です。

 

 自分に置き換えて考えてみた

 コロナ禍において改めてお金って本当に大事だなって思うことが増えたし、そしてもちろん世界情勢も、気にすることが多いここ最近の時勢。
他人事じゃないんだ、とこの舞台を見て言われている気がして、舞台を見たことが活力になると同時に、自分の立場を見直し、お金に関する知識も、生きていく上で必要な情報も法律も、得ていかなくてはなぁと気が引き締まる思いだった。

考えさせられる舞台に出会わせてくれてありがとうございました。

そしてコロナ禍でこのような素敵な舞台を開催してくださったこと、厳重な対策を講じてくださっていたことに改めて感謝です。舞台を生で見るのが生きがいな自分にとってとても幸せな時間でした。